【コラム】ハンコから解放された日:行政書士が語る押印廃止の衝撃と変化
2020年11月、新型コロナウイルス感染症の第3波が押し寄せ、長期にわたる自粛と緩和の揺り戻しに国民の多くが疲弊している中、時の行革担当大臣・河野太郎氏は「民から官への行政手続きにて、認印はすべて廃止。押印の99%以上廃止する」と記者会見でぶち上げました。河野太郎氏の政治家としての評価、世間の評判は政治に疎い私には分かりませんが、この発表が出たとき「本当にできるのか?」と疑問でした。だいたい政策というのは発表あれど遅々として進まぬ、気づいた頃には皆忘れ、たとえ進んだとも関係各機関は振り回されるだけ、果たして国民は恩恵を享受できたのか、と思うようなケースが少なからずあるからです。
しかしこの「押印廃止」はかなり強力(強引?)に進められ、ごくごく短期間の間に本当にあらゆる行政書類の中からハンコが消えました。建設業界でも2021年1月1日に建設業法施行規則が改正され、建設業許可申請や経営事項審査申請といった申請手続きに係る、ほとんどすべての書類が「押印不要」となったのです。
ちなみに私がいち早くこの施策の効果を実感したのが、自動車の車庫証明の手続きです。それまでは4枚複写の申請書すべてに押印が必要で、捨印が不可のため誤字脱字はその箇所にいちいち訂正印を押さなくてはなりませんでした。つまりミスった場合、申請者に再度ハンコをもらいにいかなければならないのです(過去に東京に本社のある法人の、実印押印済み申請書をしくじったときには死を覚悟しました)。
一般の方には信じられないようなハンコ第一主義の最たる例が、警察行政の中の車庫証明手続きでしたが、その警察行政手続きでさえ、同じく2021年の1月4日を以て車庫証明の押印は不要としたのです。ただし、依然として「ローカルルール」の名の下にハンコを要求する警察署は一部存在していましたが…。
それはさておき、行政書士にとって「押印廃止」はまさに驚天動地の出来事でした。建設業許可に話を戻すと次の書類から押印が消えました。
様式第1号(申請書)
様式第6号(誓約書)
様式第7号(経営業務管理責任者証明書)
様式第7号の2(経管補佐証明)
様式第7号の3(健康保険等加入状況)
様式第8号(専任技術者証明書)
様式第9号(実務経験証明書)
様式第10号(指導監督的実務経験証明書)
様式第12号(許可申請者調書)
様式第13号(令3条使用人調書)
収入証紙貼付台紙
委任状
かつてはこれらの書類の申請者欄すべてに会社実印を押印してもらいました。もちろん訂正に備えて上部に捨印をポン。正本1部、副本2部合わせて3部すべてにポンポンポン…。収入証紙を貼って契印をポン…。お客様との打ち合わせの最後はいつもハンコを押す作業に追われていたものです。
これらの手間がなくなり、建設業許可に関わらずあらゆる行政手続き代理業務がだいぶ楽になりました。楽といっても要件確認等の「申請の肝」となる工程は変わらず慎重に行う必要はあるのですが、行政書士としてはより書類作成に集中できるようになりました。お客様からハンコをいただくというのは、お客様としても面倒なことですので、なるべく機会を分散させないように、押印漏れがないように、と考え押印をいただく段取りを組んでおり、かなり神経を使うものでした(私は当時「行政書士の仕事の8割はハンコをもらうことだ」と割と真面目に思っていました)。
押印不要になってからの初めての仕事では、あまりの工程数の減少に思わず「河野太郎バンザイ!」と心の中で叫び拍手喝采でした。
ただし、ハンコをいただく機会がグンと減ったからといって、行政書士が手を抜けるといったことではありません。本人確認の手段が一つ減るということですから、より慎重な本人確認をする必要があり、資料の真実性を見極める必要がありますし、行政側への要請ですが、非行政書士による代理行為や第三者の本人へのなりすましにも注意が必要になります。
また、最終的な書類への押印が必要なくなったということは、申請前にじっくりと最終確認をしていただく、落ち着いてご自身の申請内容を確認していただく機会も減じていってしまっているのでは、と思うこともあります。ハンコを押してもらいながら、あるいは代わりに押させてもらいながら、「これはこういう書類で…」といった説明の機会が減少しているのではと感じています。
ですので、押印が必要だった頃以上に、お客様の意思確認であったり、お客様の希望する申請内容に対して解釈のズレや意識のズレが生じないように、コミュニケーションを意識して取り、より注意を払って書類を作成するようになりました。
なお、行政書士法により、行政書士の作成した書類には職印を押印することが義務となっており、作成した書類への責任を明確化させています。また、委任状に関しては弊所のルールではありますが、お客様の意思確認の意味も込め、「官と民」ではなく「民と民」という立場でお客様の押印をお願いしております。
手間は減ったとはいえ、お客様の意思を代理して行う業務ですから、間違いのないよう毎回気を引き締めて業務に向かっております。
それにしても、何度も言いますが、本当に楽になったなぁ…。